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弱音

お休みにしますと言ったのに、たった4日でおかしくなりそうです。

家に帰って来たら、もうくたくた。

ルーチーンの家事をしたら、もう何もできない。

頭痛がデフォルト(基本)ネットを長くしているわけでもないし、ジグソーパズルもしてないのに
首が痛い。

頭の中がぐちゃぐちゃで、考えがまとまらない。

無理をしないで素の自分を出したら楽なのに、自分の傾向を認めて心の中で言い訳をすれば、らくなのに、それをすると、自分が回りにあわせられないのを正当化してしまって、最小限の努力しかできなくなる。
そうすると、周りから文句を言われる。

周りから文句を言われるのが嫌で、自分の傾向を認めないで、最大限の努力をするとととは疲れて何もできなくなる。

最悪だ。ととは、どっちを取ればいいんだろう。
何よりも、自分の傾向って言っているけど、ととには、本当にそういう傾向があるんだろうか。
ただの変わり者じゃないのか?そうも思えてくる。
ととには、診断名がないし。

何かいい方法はない物か。
明日は、心療内科の通院日です。

わかりやすく言えないかもしれないけど、、
男先生との出来事と、この体調の悪さを伝え、何かいい方法がないかと指示を仰いで見ようと思います。

前に先生は「心理検査」と言う言葉を使いました。
もしできるのなら、心理検査を駆使して、正式にととに診断名を出して欲しいと思います。

それが無理なら、専門医につなげるパイプを作って欲しいと思います。

今の先生には、思い入れというか、何かがあるので、勝手に病院を替わるのは嫌なのです。
裏切る気がして。

やはり、診断名にこだわってしまいます。
診断名さえあれば、って思ってしまうのは、やはりずるい考えなんでしょうか???

自分にも人にもウソはつきたくないんです。
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ちょっと、おやすみにします。

ええと、事情があって、少しの間更新をお休みしようと思います。
理由は、振りだけでもいいから、完全にとりに見えるように、フルフェイスの仮面をかぶりたいからです。
ブログをはじめてから、、、、
わからないこと、腹が立ったこと、悲しかったこと。ここに書く事で、ととは外ではとりのふりをしながら、家では素の、さかなの部分の多い自分に戻ることができていたと思います。

それは、とても楽しいことで、ほっとできることでもありました。
だけど、いつしか自分が「さかなかもしれない」と言うことを自分の中で「公認」にしてしまい、外の世界でかぶれていたと思った「とりの仮面」が外れはじめていることに気が付きました。
「さかなだから、仕方がない」っていいわけにして。

鳥の世界で生きている以上、ととはとりの仮面をかぶらなくてはなりません。
完璧にやるために、少しの間、息抜きの場を封印することにしました。
そんなことをしなくてもいいじゃないかって思うかもしれません。
だけど、ととは不器用な人間です。

息抜きの場を持っていると楽なほうに流れてしまい、完璧にとりのふりはできないと思います。
なので、とりの振りが上手に軌道に乗るまで、少しお休みにします。

なぜ、そこまでフルフェイスとり仮面が必要だと感じたのか、、、、
それは少し長くなり、言葉も選べないので、追記に記します。

いつも読んでくださっている方、ありがとうございます。
とりの仮面ばーじょんのとと、さかなの素をだすとと。
2つの使い分けが上手にできると思えたら、また更新しますね。

追記を表示

結局は同じこと

心療内科の先生に「発達障害なんじゃないんですか?」と聞いたとき。
先生は「その傾向は少しあると思っていた」と言った。

だけど、おまけとして「あなたは、自分ができないことなんかに対して、全部コンプレックスなのよ。」と言った。

ととの問題は、発達障害の傾向があって、そのために世の中を上手く渡っていけないことよりも、そんな自分に対してものすごいコンプレックスを持っているところだ。

そう言いわんばかりの言葉だった。
今までずっとととに自身を持って欲しかった、見たいにも聞こえる言葉だった。

だから、ととは言った。
「じゃあ、あたしの苦手なこととか、人と同じようにできないことなんかは、全部その発達障害の傾向からきているんですか??」

先生は「そう考えてもいいと思います。」と言った。

だから、もうこれ以上自分にコンプレックスを持つのはやめましょう。
とでも言いたげに。

数日間は「そうなのか。」と納得だった。

だけど、やっぱり、そういうことじゃないと思った。
自分の苦手の原因のような物は、はっきりじゃないけどうすぼんやりとした輪郭だけだけど、見えた。
だけど、だからと言って苦手がなくなるわけじゃないのだ。

例えば、こだわりに対して、ソフトな考えが急に持てるわけじゃない。
ポプラ君の事。はたから見たら一種のこだわりにしか見えないと思う。

ととにはこういう傾向がある。
そういうことをととがわかっていても、何とか止めようとしても、止められたとしても、ととがやめたのを瞬時に察知する人なんかいないじゃない?

人に伝わるのにタイムラグがあって。
その間にととの評価は「石頭の、言ってもわからないしつこい奴」になってしまう。
ととだって、誰かに嫌われたくてやっているわけじゃないのに。
結局そういう評価になるのだ。

それは、結局ととの中には失敗として落ちてくる。
また、人の輪を乱してしまった、ごめんなさい。
どうしてととはこう、何度も失敗ばかりするんだろう。
最悪だ。

こういう体験は、続くわけだ。
いくら先生が「発達障害の傾向がある」と認定してくれたからと言って、実生活でのととのしんどさは変わらない。

それは、「傾向あり」の診断名だからというわけじゃない。
おそらく「アスペルガー」とか「PDD」とか「ADD」とか言う正式な診断名をもらっても、変わらないと思う。

ととは周りの人には言わないだろうし。
今一番、上手く行っているけど何だかしんどい場所になりつつある職場では、絶対にいえないし。

(学校や保育園や学童のような所では、職員の側になると「障害」と言う言葉にはとてもシビアな態度を示す場所だと認識している。「発達障害児」をきちんとケアするのは当たり前の場所だけど、ケアする人間が「発達障害」の当事者だと知ったら、預けている親からクレームの嵐だろう。だから、正式に診断がついても、絶対に言いません。)

人に言えないということは、周りの人はととをみんなと同じと見るということだ。
考え方も感じ方も、多数派の物がわかると認識することだ。

だけど、それができないでいるととに対しては「ヘンだ」「変わり者だ」「頑固だ」というマイナスの評価になってしまう。
ととは「頑固」なつもりはまったくないのに。「頑固だ」と言われる。
誤解だけど、悲しいけど仕方ないことなのだ。
だって、ととが自分の情報をみんなに与えていないんだから。

でも、与えると誤解される。

結局の所、大人になってから診断される人は、ずっと「ひとりぼっち」にならざるを得ないのだと思う。
極論だろうケド。

これは、精神的な一人ぼっちと言う意味。
物理的にいじめられたりしなくても、物理的に浮いていなくても。

物理的には集団に馴染むように頑張って馴染んで、それなりに楽しい。
だけど、心の深い深いところでは一人ぼっち。
本当の自分は誰も知らない。

それは、もうどうしようもないことなんだろうか。
この傾向を持って生まれてしまった者の、定めのような物?

楽しくて大好きな場所のはずの学童に、とても行きたくないと思ってしまうのも、
今日はバイト仲間のしーちゃんから、ととが聞きたい「冷えとり健康法」の話を聞くのが楽しみなんだけど行きたくないと思ってしまうのも、仕方ないんだろうか。

先生様、ととは自分のことにコンプレックスを持たないなんて、無理です。と次の診察で言うつもりです。





ミーティングでの???ワカリマセン・ソノリクツ

昨日は学童のミーティングでした。
ミーティングは疑問がいっぱいです。

1つ目は、ポプラ君の事。
金曜日の感じだと、あや先生はポプラ君の事をミーティングでの話題に載せてくれるのだとととは解釈していたのですが。
例によって、ミーティングの前に男先生に「ちょっといいですか?」って呼ばれて、何かと思ったらポプラ君の事でした。

「あや先生から聞いたのだけど、そこまで問題だとは思わないんですよね。」

なんか、ととが言いたかったこととは別の事として伝わってる感があったので、問題を整理しなおして男先生に話をしなおしました。

ポプラ君の袖をかむのはストレスの表れじゃないかと心配だということ。
ポプラ君のキャラが、1年生の間で良くないキャラになっているという気がすること。

そのことについて、他の先生から見たらどう思うのか、意見を聞きたいということ。


だけど、、、、男先生は「まあ、また何かあったら、ミーティングとかじゃなくて、普段の時にでも僕かあや先生にいってもらえれば。」と、話をまとめてしまいました。
つまり、男先生はミーティングの前にととと話しをすることで「ミーティングでポプラの話はするな」とけん制したかったみたいです。いくら話の要点をつかむのが苦手なととでも、そんな事を言われてしまえば、何が言いたいのかわかってしまいます。

・・・だから、それじゃ、意味がないじゃない。
今のポプラ君が置かれている状況について、他の先生は何か思うところがないのか。
ととの意見に賛同する人は本当にいないのか。ととが言うことによって「そういえば」となることもあるんじゃないの??
本当にとと1人の過剰反応なの??
一度みんなに聞いて見るのは、無理なの??

といいたかったけど、いえませんでした。

ミーティングの中では、ポプラ君の話題は先月もととが出していて、先月出た子の話題の振り返りを必ずやるので、ポプラくんの名前は出たんだけど、ととはあえて何も言いませんでした。
そんなととに不思議そうに(というか、ととは明らかに何か言いたげに見えたのでしょうね。)女先生が「とと先生、平気ですか?」といったので「ハイ」と答えようとしたら、男先生は注釈で「とと先生以外でポプラの事で気になったことある人いますか」と言いました。ととも解説として「私は思う存分言っているので」と言いましたが、やはりどう考えてもおかしな話です。ミーティングは「正規指導員への報告会」ではないのです。学童での問題を「全員で話し合う場」です。
あや先生と男先生はととが言ったことにピンと来ないかもしれませんが、他の先生は何か感じるかもしれません。ポプラ君は圧倒的にとと以外の先生と遊ぶことは少ないです。
ポプラ君の問題の9割は、友達関係の中で発生しています。どうして、生の、素のままのポプラ君に近い状態を一番見ているととの意見はそうやって退けられて、満場一致で「ポプラは特に問題がない」という状態にしたがるのでしょう。

もしポプラ君に何らかの困難があるとして、早い子ではすでに小学生で二次障害を発生すると聞きました。気にかけていたら防げたかもしれない二次障害を発症してしまったら、その時では遅いのに、、、なんとかポプラ君の「しんどいぞサイン」を見過ごさないであげたいだけなのに。
袖をかんでいるのは、サインじゃないのかな??

男先生は「あれは長袖だからだと思う。」と言いました。
でも、明らかに久しぶりに調子がいいと思った金曜日には、そで、ほぼ噛んでなかったんですよ。
(いつもより薄手のTシャツを着ていたというのもあるけれど。)

2人とも、何を見ているんでしょう。
だけど、男先生にああいわれてしまったこれ以上はいえない感じがしました。
これ以上言っていると「しつこい」と思われるのがオチのような気がします。

でも、それならば、2人にもっとポプラ君と遊ぶ機会を持って欲しいと思います。
ポプラ君の特徴は、遊びの中で最もあらわになります。
ととが別の子と遊んでいる所にポプラ君が「遊ぼう」と言って「ごめん、○○と遊んでいるから今は無理」というやりとりをしていても、他の先生はどこ吹く風で気にも留めません。ポプラ君は素直だから
「じゃあ、こっちで男先生と遊ぼうぜ」と言うと喜んでついていくと思います。
そうして、ポプラ君と遊んでみてください。そして、彼がするとことん自分目線の独自の譲れなさを体験してください。ととの言うことを重要と考えないのなら、そうして自分で知ってくださいと言いたいです。

のどかちゃんが、日ごろから大好きで、おふざけでからんでいるYクン先生のジャンバーのフードを、いつものおふざけの延長で勝手に外から部屋に持ち帰ってしまって「人のもの勝手に持って帰るのはやめて」と怒ったのになかなか謝れなかった話をみんなにするんなら、ポプラ君の話だってしたほうがいいんじゃないでしょうか。


2つ目は、「北斗くんグループ」のことです。

北斗君・リョウマ君・タケオくん・ユウジくんはいつも大体4人+その時いる3年生の男子数人で遊んでいるのですが、そのグループ、ととから見たらめちゃくちゃ感じが悪いのです。
仲良しで、他の子たちを受け入れないくらいの結束力なのに、やっていることはグループ内で、グループのメンバーのけなしあいが多いのです。特に、北斗君とタケオ君が下っ端の「けなされ役」になっていることが多く、2人はどちらがグループの中で最下位になるかで争っている、、、、という感じの悪い状態なのです。注意しても直らないので、指導員の間では「言っても仕方ない」的な雰囲気が漂っていますが、ととは再三にわたり彼らに「キミ達は感じが悪い。友達なのに、どうして悪口ばかり言い合っているのか」と言っています。この間も、鬼ごっこで、鬼以外の子もみんなで面白がってタケオ君を追いかけて、タケオ君を泣かせているのに、ととに「タケオが泣いた」と他人事のようにいいに来ました。
もう2年生にもなって、そんな事したらタケオくんが泣くの位わかるだろうし、理由がわかるんなら自分たちでタケオくんに謝るとかして、解決しろよ、、、、と疑問に思ったし、何故、自分達が泣かせているのに他人事なのか疑問でした。それに、ととは事実を、何故タケオ君が泣いているのかを聞いているのに「○○が、、、、」と3年生の男の子の名前を出し、自分は悪くないと主張するユウジくん、、、、。
意味がわかりません。あまりにも意味がわからないし、感じ悪いし、人のせいにするし、このグループにはどうやって指導したらいいんでしょうね、、、と言ったところ、わけのわからない理論が炸裂してもって意味がわからなくなりました。

「それくらいの事で、タケオが泣くのもおかしいよ。タケオ、泣きすぎだよ。タケオの指導も考えないとね。」

あの~、タケオは5人いっぺんにみんなに追いかけられたんですけど。鬼ごっこのルールも無視されて自分だけ追いかけられたんですけど。泣いてどこがおかしいんでしょうか???

「あのグループはさ、お互いにけなしあうのが、楽しいんだよね。それで、もうグループの文化ができちゃってるから、それはそれで、仕方ないんじゃないの」

それって、仕方ないことなんでしょうか?少なくとも学童の先生が言ってしまっていい事なんでしょうか??いくら、あのグループで普通だと言っても、そんなのが普通の小学2年生って、どうなんでしょう。今の年齢の子どもにはいけないことはいけないと正論過ぎるかもしれないけど伝えないといけないんじゃないでしょうか??それが、大人の役目じゃないんですか??


「泣くからやめようぜ、とか誰かがいってもさ、場がしらけるしね。誰かにそんな場がしらけること言えなんて、あのグループにはいえないよね。」

あの~、ととは何度もいっていますが、それは逆効果なんでしょうか?どう考えてもおかしいことはおかしいよ、危ないことは危ないといえるのが友達だよっていってるんですが、、、、、
それは「白けさせることを言うように指導してて、逆効果」なんでしょうか。


子ども達のグループのカラーってあるけど、、、、、、
ヘンなカラーになりつつあるグループは、ほっといていいんでしょうか。

それとも、人とけなしあうようなからかいあうような、軽いジョークを交えて話すような文化がととの中にはないから、理解できない事なんだろうか、、、、。
ととは大人同士でよくやる、軽いジョークでのからかい言葉を駆使した会話って、できませんから。
からかいジョーク、本人をけして嫌いでいってるんじゃないと言うことも悪口っぽくて聞くの嫌ですから。
(あわせているけど。うん、とか言うこともあるけど)

ととと、他の先生(発言が多い、女先生・男先生・あや先生)とは観点が違うようなので、来月からミーティングでは発言しないほうが賢明かなと思ってしまいました。

「怒ってないこと」がわからない

昨日は、劇団の友達と会ってきました。
ととがくーちゃんにあげるプレゼントを持っていく人になっていました。

だけど、急に用事ができて、出先から直接行くことになってしまい、、、、
ものすごくおおきくてかさばるプレゼントの袋を持っていけないので、用事が終り次第「何時に来て」とだんなくんに電話をして、待ち合わせの駅までプレゼントを持ってきてもらうことになりました。
(待ち合わせの駅は、ととの家から車で15分くらいの所にあります)

さて、用事が終わり、用事のあった駅から電車に乗るときにだんなくんに「7時10分くらいにつくから、7時10分くらいに持ってきてね」とお願いしました。

その通り7時10分くらいに待ち合わせの駅について、場所を指定していなかったので、どこにいるかとだんなくんに電話したら、、、、
「今から出る」といわれて軽くパニック!

今から出てこられたら、7時半になってしまう。
ととの待ち合わせは7時20分。遅刻しちゃうよ。

そしたら、友達には電話して事情を話して「遅れるから、先にお店に行ってて」って言えばいいのに、、
思いつかずに

「なんで!?7時10分ごろ来てって言ったよね。あたし、遅刻しちゃうよ!!」と怒ったら

「うるせえな!!」と電話の向こうのだんなくんも怒り、、、、、。

普段怒っていない時は「うるさいなー」と軽く言うだけ。
「うるせーな」と男らしい言葉遣い120%の時はたいてい怒っている時です。

やばい、、、。怒らせちゃった。
持ってきてもらうのに偉そうにされるのは、だんなくんが怒るパターンで最も多いのに。
またやってしまった、、、、。

とりあえず。くーちゃんのプレゼントを持ってきてもらったら、絶対に謝ろう。。。
怒りが継続されてないといいなあと思って、待ってました。

そして、車で来ると思ってただんなくんは、寒空の下、バイクを飛ばして来てくれました。

「ありがとう。。怒っちゃって、御免ね」といい、荷物を受け取りました。
だんなくんは「うん」だけいってバイクで走り去ろうとします。

別に「うん」の口調も怒ってない感じだし。
顔も怒ってる顔じゃない気がするんだけど、、、、
そっけなさすぎ!!

絶対怒っているよー

そう思って、怒って欲しくないととはだんなくんに聞いていました。

「怒ってる??」
「怒ってないよ」
「ホントに怒ってない??」
「うん。早くいきなよ。遅刻しちゃうんでしょ。」
「もう遅刻してるから、リコちゃんに電話してみるよ」

こんなやり取りをしても、だんなくんが怒っていないということがととの中で確定にならず、、、、
食事会が終って、駅まで迎えを頼もうかと思っていたのですが、かなり迷いました。
結局迎えを頼む電話をしたのですが、怒っていると思っているから、超低姿勢

「さっきは怒ってゴメンナサイ、、、、迎えに来てもらえないでしょうか??」

持ち帰り仕事の途中なので、タクシーで帰ってくるように言われたので、文句は言わずにそうしました。

怒らせたお詫びにだんなくんの好きな缶コーヒーでも買って帰ろうかと思いましたが、なんだか物でうやむやにするのもなあ、、、、と思ってやめておきました。
だんなくんにお詫びや感謝を示そうとするときにまず「コーヒーを買う」とか「アイスを買う」とか、現物支給的な事を考えてしまうのが、なんか嫌です。

家に帰って、気になっていたので、プレゼントを届けてくれた時に、怒っていたのか、と聞いて見ました。

そしたら、だんなくんはけろっとした顔で「怒ってなかったよ」と言っていました。

じゃあ、何でそっけなかったの??と聞くと

「だって、遅刻しちゃうって言ってたし、あそこにバイクを長く止めて話をするのは迷惑になると思ったからだよ。」

だって、、、、。たしかに、それは一理あるわ。
だけど、ととの中では、相手がそっけない・話をしない=ととに対して怒っている
になってしまう、、、、。

怒ってない顔、普通の顔をしている=怒ってないではなく、、、、。
話をしてくれる・ととの話にそっけなくしないで話に乗ってくれる=怒っていない

が判断基準なのだった、、、、。

重要なのは表情ではなく、態度、、、、。

だからと言ってととは人の表情が読めないわけではない、、、と思う。
学童では、女の子がすねてたり、何かを訴えたそうな顔をしているのを読み取るのはすごく得意だし
得意すぎて、ちょっとの事でも「どうしたの?どうしたの?」と聞き、しつこくなってしまう傾向があるけど。
そして、男の子がうそついているときの顔は読み取れないけど。他の先生が「わかりやすい」というGくんでさえ。

家でだんなくんが何か笑っているように見えて、受け狙いじゃない話の途中で笑ってしまったり
「今、笑ってる?」と聞いて「笑ってない」といわれてしまうけど。

そういうことができてるんだから、表情はバッチリ読めているわけで、、、、。

でも人が「怒っていない」と言うことだけは、表情からだけじゃ、基本的にわからない。学童でも、話しかけられないときは「怒ってる??」って不安になるし
帰りが同じくらいの時間になっても先に出られちゃったら「怒ってる??」って思うし。
さつき先生の時が特にそう思うし。

そういえば、実家で暮らしていたとき、ととは美和ちゃんが怖かった。
美和ちゃんはととが話しかけるといつも基本的にそっけないし、怒ってるし、、、、顔も怒っているようにみえた。基本的に「怒ってる人」だったから、怖かった(妹なのに。)

鈴ちゃんも、美和ちゃんほどじゃなかったけど、そうだったなあ、、、、。
だから、ちょっと怖かったなあ、、、、

うーん。思考の基本が「ネガティブ」なのがまずいのかしらん。。。。

知らない間に人を怒らせて、怒っているのに気が付かないのも一大事だけど、、、、
それよりはマシなんだろうケド。

怒ってない人を「怒ってる」と認識してよそよそしくしちゃうのも、きっと問題なんだろうな。。。。
このネガティブ思考をなんとかしないとならないのかな、、、、。

ポプラ君×ととの組み合わせは、、、、

ポプラ君のこと。色々考えていて、一つ思い浮かんだことがあるので、今日はその話を
上手くまとまっていない気がするし、突拍子もない考え方だと思われるかもしれないけど。

ポプラ君は、確かに学童で最近友達とぶつかることが多くなった。
友達とぶつかるということは、それだけでもう子どもにとってはおそらく結構な心理的負担になる。
・・・と思う。ましてや、言葉が「幼い」感じがするポプラ君。自分の想いが伝わらないことも多いんじゃないかなと。それも、負担になるんじゃないのかなと思う。

基本的に、子ども同士がけんかになった時は、ほとんどの先生は「ああ、あそこでやってるな」程度に見ていて、誰かが泣いたり、解決を助けて欲しくて呼びに来た時に行って、事情を聞いて仲裁に入る。

一緒に遊んでいる子同士がけんかをしたら、、、まあ、遊びを続行させるためにすぐに仲裁に入るけど、、、みんな、なんとなく大人でまとまった意見を「冷静な普通の言い方で」言っている。しかも、子どもの意見をすばやく判別して、、、、。

ととの場合はどうか。
最近気が付いたことなのだが、人の言ったことへの反応速度と言うものが、やはり遅い部分があるらしい。あと、とっさに言葉を思いつく能力も、他の先生に比べて低いらしい、、、、。

なので、ととが解決に入ると、子どもの話を聞きすぎるくらいに聞いてしまい、「ポイントだけ聞く」事ができないので、解決はできるけれど、やたらと時間がかかるようだ。

それに、いっぺんに話されると、頭の中が混乱して、冷静なとと先生ではなく「子どもと同レベルに近いレベルで言い返しているとと先生」になってしまっている、、、、。
そうなると、ととの口から出る言葉も実に幼い言葉ばかり。言いたいことをどう表現すればいいのかわからなくなって、相手になんとなく伝わらず「??」という顔をされることも多い、、、、。

(だんなくんに言わせると、そういうととだから、子どもは同類みたいな感じがして、親近感持って寄ってくるんじゃないの??と言っていた。もしそうだとしても、いいんだか、悪いんだか。)

ポプラ君が絡んでいるケンカ。
ほとんど全部がそんな状態になる。

他の1年生に比べて言葉の幼いポプラ君の言葉を、他の子が色々言ってくる中で、言葉の意味の理解力が落ちている(元々少ない??)ととが受ける。そして、言葉を発信する能力も集中している時の半分程度に落ちているととが言葉を発信する。その言葉を受けるのは1年生の子たち。
「意味わかんない??」という顔をしながらも、何とか理解しようとして言い返してくれる、、、、。
ぐちゃぐちゃの先に進まない話し合いが延々と、、、、。

他の先生だったら、5分で済む所が、10分かかります、、、、。

しかも、今ととは「発達障害」について並々ならぬ「こだわり」を持っている。

ととの言葉でいうならば、、、、、
「さかなの子どもを、鳥の理論でおかしいといってしまうのは許せない。さかなにはさかなにあったいい方があるはずだよ。それを使って言わなくちゃ。」
「さかなの傾向がある子を見過ごしたらダメだよ」

そんな事を考えている。
ポプラ君の言動は、そんなととの「こだわり」の部分の真ん中にヒットする。
ポプラ君に対しては、ととはもう「自分と同じ、傾向ありの子」という見方しかできない。

それに加えて、ポプラくんがやっていることは、小学生のととにあまりにも似すぎている。
だから、勝手にポプラ君の未来を予想してしまっている。

ほおっておいたら、行く末はととと同じだ。
高学年頃から高校生までずーっといじめられて。
自己評価下げて。心がおかしくなる。

それは、、、、嫌だ。
ととの場合は概念もなかったし、周りで面倒見てくれる大人もいなかった。
学童や児童館で遊ばなかったから、ととの行動を優しく注意してくれる大人はいない世界でおおきくなった。周りの子ども達にいじめられてからかわれて、自分のやり方が通用しないのだと知った。
それは、、、、ととには大きなマイナスだった気がする。

だから、ととはあくまで「公平に」見てはいるけれど、ポプラくんに「学んで欲しい」と必要以上に思ってしまう。
自分以外の人の気持ちを考える事。自分の意見ばかり通そうとすると周りからわがままといわれること。

しつこいことをしたら嫌がられてしまうこと。

多数決はこういうものだ、と知ること。

などなど、、、、。

今のうちに知って、行動のパターンに刷り込んで、高学年になった時に上手く使えるようになって欲しい、、って思ってしまう。

その想いがあるので、ととは「公平すぎるくらい公平」になってしまうし、ポプラくんには何度も繰り返してしつこいくらいに「ポプラもいやだけど、○○くんも同じように嫌なんだよ」を繰り返してしまう。

他の先生から見たら、「とと先生は何をしつこく言っているんだ???」みたいな風に見えているのかもしれない。

だけど、一方ではととはポプラ君がはたから見たら自分勝手にしか見えない主張を、本当の本気で繰り返しているのを聞いて、「ただのわがままじゃなくて、ポプラの理論ではなんの間違いもわがままもいってないんだろうな。本気120%なんだろうな」って自然と思える、、、と感じていたりする。

だけど、だからこそ、その理論は多数派世界では、通用しないんだよ、、、、、
やっぱり、そこんところ早めにわかってもらえるといいなあ、、、、とまた思い入れは強く、、、、。
それをポプラ君が「わかった」というポーズを見せるまで言い続けてしまうことがある。
余計なお世話的なことなのかもしれないけど。

「こだわり」にヒットしているのでとことん「こだわって」しまうので、、、、。
悪循環というか。
しかも、そうなってる時は特に、、、上にも書いたけど、ととの言葉に関する力はものすごく低いしね。
わかりにくい言葉で延々と話をされる。しかも、相手は怒っているようだ
ポプラ君がそんな風に解釈してるとすると、、、、
もしかしてこれもポプラ君のストレスの1つになってたりして、、、と少し心配になった。

だったら、ととは退散して、子ども同士でケンカを解決させればいいじゃないか、、、なんだけど。
基本的に、ととの学童、子どもと遊ぶ時に「1グループに先生は1人」という暗黙の了解ができている。

ポプラ君のグループにはほとんどの場合、ととがいるから他の先生は手出しできない。
メンバーのほとんどが1年生なので、ケンカが始まったときから収集がつかない状態になっている。

その状態でととがけんかの仲裁を放棄する。というのは事実上不可能に近い。

できることを色々考えてみたが、、、、

その1 ととが自分の中のポプラ君に対する思い込みと言うか、こだわりと言うかをはずす。

その2 ポプラ君が理不尽な事を言って遊びを中断させてしまったら、もうその遊びをやめてしまって、しばらくしてお互いにクールダウンしてから、ポプラ君とゆっくり話をする。

その3 ポプラ君VSととの争いになってしまって収集がつかなくなったらととは話すのをやめて、他の先生に託す。

この中で一番できそう&理想的なのは「その2」だろうか、、、、。

本当は、他の先生に協力してもらって、ケンカが長引いてきたらポプラ君以外の子を「じゃあ、男先生とこっちで遊んでようか」と引き取ってもらってととが冷静にポプラ君と話せる環境を作ってもらうか、、、

逆にポプラ君をひきとってもらって、こだわりのない、第3者の冷静な目でポプラ君に話をしてもらうかがいいような気がするのだけど、、、、

それには他の先生にいろんな事理解してもらわないとならないし、、、、。
いい方が思いつかないし。

とと×ポプラ君の組み合わせ、、、、同じような要素を持ち合わせているからこそ、上手くいく部分と、同じような要素を持っているからこそぶつかる部分があって。いいんだかわるいんだか。
なんとなく、世界観をわかってあげられる気がするけど、意固地になってしまったら、お互い引かないもんな、、、。

おとなのととが意固地になるのはおかしいってわかっているけど、こだわっている部分にヒットすると
自動的に意固地スイッチを押されてしまい、それが手動で解除できない状態になるんだよね。
女先生の妊娠事件だって、そうだったし。(いいわけ、だろうか、、、、)

♪♪♪

先日書いた「トレーナーの袖をかんでいる件」に関しては、あや先生に話をして、来週のミーティングで取り上げてもらえる事になりました。(あくまで「ストレス」と言う観点で提案したらどうかというアドヴァイスをくださった某さん、ありがとうございました。)

その際に、とととポプラ君の間で起こっているからくりを説明して、ととでは意固地になって責めすぎることがあるから、他の先生に協力して欲しい、、、と言えれば楽なんだけど、、、、

その理由はどうやって説明するの??まさか自分のグレーゾーンの疑いを話すわけにはいかないよな~と考え中です。
「ポプラ君は少数派っぽい」みたいな言葉を出すと、とたんにみんな聞く耳持たなくなるし。。。。

ととの願いはただ1つ。ポプラ君に、ととのような自分の事をいいと思えないでひたすら悩みまくる大人になって欲しくない。自分らしく、楽しく過ごせる大人になって欲しいのです。






いらぬ心配、、、かもしれないけど。

自分のことについて結構深い話をしていたのに、話題が変わってしまって申し訳ないのですが、今日は久しぶりにととのこだわっているポプラ君の話をしたいと思います。

ポプラ君の事について書いた記事をリンクさせておきますね。
よろしければこちらも読んで下さい

ポプラ君の事~これはととの「こだわり」なのでしょうか~

ポプラくんについては、プロフィールに乗っけてある「登場人物紹介」を見てください。

さて、そのポプラくんなのですが。
最近見ていて心配になることがある。

少し前から、長袖のトレーナーの袖口をかみ始めたのだけど、ここ数週間、、、2週間くらいかな。
噛みかたが普通じゃない。トレーナーの袖口のゴムの部分の色が変わってしまうくらいかんでいる。
もっとわかりやすく言うと、、、唾液でびしょびしょになって、色が濃くなってしまうほどかんでいる。

まだまだ1年生なのだから、そういうことをしても不思議ではない気がするのですが、そこまでひどくかんでいるのは最近に限っての事なので、心配なのです。
もしかして、心が不安定なのかな、、、、心配事や、混乱していることがあるのかな、、、って。

なんだか、とっても疲れているように見えることもあるし。

それから、学童の仲間と衝突することも多くなったし。
ポプラ君は、学童に帰ってくると「ただいま」のかわりに「とと先生、遊ぼう!」というので、ととはほぼ毎日ポプラ君と遊んでいるのだけど、ほぼ毎日、一緒に遊んでいる仲間と衝突するのです。
理由は毎回同じ。
ポプラ君が人に譲れないところ、自分の意見を絶対に曲げない所。周りから見たら理不尽な理屈を押し通そうとする所。臨機応変がききにくいところ。悪ふざけを長くしすぎてしまう所。そういうところが顕著に出てしまい、そこに対して、周りの子が怒るのです。
相手が変わっても、衝突のポイントは同じです。初めは周りの子も「じゃあ、ポプラの言う通りでいいよ」といってあげたり、ポプラくんがやることを笑ってみているのですが、そのうち我慢の限界が来るようで、ポプラ君に怒り出すのです。

そういう時、ととはなるべく公平に、どっちの立場も汲んで意見を言うようにしています。

「ポプラ君の言うこともわかる。でも、相手も同じように嫌なんだよ。」

もしかしたら、この言い方はポプラ君にとっては良くないかもしれません。
だけど、他の子も見ている前で、ポプラ君のものの見方(予想)に照らし合わせた見解を、大人のととが言うことはできません。それは、ポプラ君だけを擁護する意見になりかねない。

なにか、いい言い方はないものか、、、とここ数日思案しております。

だけど、何よりもととが心配しているのは、この「衝突」自体ではなく、少し別の問題なのです。

最近、、、ポプラ君の陰口とも取れる発言が、、、学童仲間、とくに同学年の子の間から、出始めていること。

「あのねー、ポプラがねー、学校の帰りにつばはいたんだよー」(2年生の女子・談)
「あのねー、ポプラがねー、学校で鉛筆かんで、破壊したんだよー」(1年生の女子・談)

「ポプラは、同じ事ばっかり聞くからいや。今日はとと先生くるのか、とか、宿題何か、とか」(1年生男子・談)

こんな会話も
コウタ君(1年男子)「コウタ、ポプラがお休みの日にとと先生と遊ぶ。」(おそらく、ととはポプラ君がいたら絶対一緒に遊ぶから、、、ととにはポプラ君がついてくると思っている。)

とと「なんで??ポプラも一緒に遊べばいいじゃん」

コウタ君「やだ。だって、わがままばっかりするんだもん」
ケンジ君(1年男子)「そうだよなー。」

なんというか、、、、ポプラ君に対する風当たりが、意味なく強くなっている気がする。

(特にケンジくんに至っては、見ている限りだと彼の中で「ポプラ君=わがまま、自分勝手、嫌なことをする」という図式が出来上がっているようで、ちょっとの事にも「またこういうことをした」と報告に来ているような気がしてならない、、、、。)

そして、その風当たりが強いというか、ポプラ君の風変わりな行動の報告をいちいち受けるようになった時期と言うかなんというかと、、、、
学童の仲間と衝突を繰り返すようになった時期と、、、、
ポプラ君の「そでをかむ行為」がひどくなった時期が、、、、
なんとなく、一致しているような気がして、ならないのです、、、、。

だから、心配なのです。
実は、学童の仲間と同じような理由で衝突をすることは、前からも少しはありました。
だけど、ここまで頻度は毎日じゃなかったし、少し話をすれば、ポプラ君も納得して、衝突した相手に謝ったりしていたんです。
だけど、最近は毎日だし、ポプラ君は急にかたくなになってしまった印象を受けます。謝ることは、ほぼないです。どうしたんだろう。

もしかして、、、ポプラ君、学校でも色々言われてるんじゃないかな、、、って。思いました。
鉛筆を噛んで、折ってしまうことについて、あれこれうるさく、トレーナーのそでをかんでいることを、あれこれうるさく。言われているんじゃないのかなって心配なのです。
そして、そういうことについて言われるのが嫌で、言い返してケンカしてるんじゃないのかなって、、、
それで、心がとげとげになっているんじゃないのかなって。

それから、、、1年生ももうあと3ヶ月で終わりと言うこの時期。他の1年生たちが、、、
「多数決を自然と理解して、多数決で負けたら自分の意見は退けてそれに従う」
「お互い様、を駆使して物を分け合う(例えばポケモンの人形で、、、「おれはコレだけ強いのいっぱい持ってるから、お前、これとこれは使っていいぞ。」とか、お人形のベッドが2つあって「お前はこれをもってるから、おれはこっちを使っていい??」「うん、いいよ」とか、、、)」という何となく高度なコミュニケーションのとり方を駆使しはじめているけど、、、、ポプラ君はいまいちそれに乗り切れてないから、、、(多数決で負けてもすごい勢いで「俺はやだ!俺はやだ!」を繰り返し、納得するまでに時間がかかるので、余計に周りの子を怒らせてしまう)

「俺ばっかり我慢してる!!」って感じていてそれも心がとげとげになる要素になっているのかなと、、、何となく思ったりして、、、、。

そんな、彼にとって不可解な世界の中で(あくまで予測ですが、、、)

トレーナーのそでを色が変わるくらいかむことは、彼の中で、なにか自分を安心させるための方法なのかなって、、、、そんな風に、思ってしまうのです。

なので、ととは気になるのだけど、ポプラ君がトレーナーのそでをかむことについては、うるさく言わないようにしています。

色々と脱線してしまいましたが、ととが言いたいのはこのままではこれから先、ポプラ君がみんなに誤解をされていってしまいかねない事態になるかもしれないことが、心配なのです。

「ポプラはわがままで勝手で自己中で嫌な奴、ダメな奴」

そんな図式が、学童の同学年の子の中で、できて行ってしまったら、、、、
ポプラ君の細かい行動を逐一学童の先生に報告する子がいるということは、そういう下地ができつつあるという気がしてしまうのです。
それは、ととの、取り越し苦労??

ポプラ君、いい子なんです。明るくて、愉快で、面白い発想をするいい子なんです。
だけど、最近のポプラくんと周りの子の関係を見ていると、そのポプラ君のいいところが周りの子の意識の中から消えていってしまっている気がして、、、、
我が強い所ばかり、見えている気がして。

その部分が「ポプラ君」っていう評価になっちゃったら、、、、って心配なんです。
それは、明らかに「誤解」だから。

風変わりな子に対する風当たりが強いのは、子どもの世界にもあることで。
だけど、それを本人のせいにばかりするのは、違うんじゃないかって思うんです。

ポプラ君の世界観も否定せずに、他の子とぶつからないように、なんとか配慮する。
そんな方法はないんでしょうか。。。って思ってしまいます。

来週の12月のミーティングでも、ととは懲りずに提案をしようと思います。
それでもあや先生は「ポプラは他の子と少し違う所もあってでも、そこがいいところだから、注目されっぷりを生かしてカリスマ上級生になって欲しいですね。」なんてのんきなような、丸投げしてるようなことを言うのだろうか。

それとも、ととの心配のし過ぎなのかな、、、、?
ポプラ君は、ととの小さな頃にとてもよく似ている。鉛筆をかむくせにしても、周りとの衝突の仕方にしても、、、、。だから、何となく行く末が心配になってしまう。
これは、余計かもしれないけど。どうしても、ほおっておけない何かがある気がするのです。

長文、読んでくださってありがとうございマス。

びっくりの言葉。

前回の自分勝手な記事に拍手を下さって、ありがとうございマス。拍手の数が10を超えると言うのは、ととのブログの中では、多いほうだと思っています。

あと、ととの中の勝手な解釈ですが、拍手をくださったということは、記事の中で、どこかしら「そうですね」と思っていただけた部分があったからなのだろうな、、、と解釈しています。

と、いう自分勝手思考炸裂ですが、とにかく、拍手、ありがとうございました。

そして、今日は通院の日でした。
前回の自分勝手な記事の最後のほうに書いたとおりに、自分が聞きたかった事をストレートに回りくどい言い方をせずに聞いてきました。

話の流れの中でそういう流れになったからというのもあるのですが。

というか、回りくどい言い方で気付いてもらえなくて言ってしまったという感じもあるのですが。

「あたし、自分が、発達障害なんじゃないかって思うときがあるんです」と、はっきり言いました。

家族とネットの世界以外で、はじめて自分に持っている発達障害の疑いを口にしました。
ととのとってはちょっとした冒険です、、、、

ととの心療内科の先生は、思ったことをはっきりと言う方です。
患者の考えは否定しない、、、とか言うこともなく。

実は同じ先生に診てもらっているだんなくんが「頭が痛い」と言っても

「内科で相談したら?」(だんなくんが痛風で定期的に内科受診をしていることを知っているからか?)といってしまう人です。

だから、ととがそんな事を言い出したら絶対に
「そんなわけないじゃない」と笑われると思ってました。

が!
先生は、、、、

「実はその傾向は、少しあるんじゃないかと思っていました。」

と言いました。
びっくりでした。

詳しい生育歴を聞かれたわけではないです。
(今までの診察で、細切れに多少生育歴のような物は話しましたが)

発達検査も受けていません。(今日聞いて今日言われたんだから、受けようがないですね、、、)

先生は今までの診察でのととの話や立ち居振る舞いでそう判断していたようです。
「だから、うつの薬はいらないと、薬を切ったのだ」と言いました。

そんなわけなので、ととは別にだからと言ってこれで自分は「発達障害傾向だ」と大声で言えるようになったという認識はしていません。

ととの主治医の先生は専門医ではないですし、どこらへんまで知識があるのかわからないですし。
そんな人に「傾向があると思っていた」と言われたからと言って、何も変わらないです。

だけど、先生が、ととが決死の覚悟で(大げさ)言った言葉を否定しないでくれた。
それが、嬉しかった・・・・・。。

もしかしたら、ここで、専門医に代わったほうがいいのかもしれませんが、もう少し今の先生に診てもらう事にしようと思います。
心療内科は3軒目なのですが、ここまでいろいろなことを話せる先生には今まで出合ったことがなく、、、ここだって、色々話せるようになるまで1年以上かかりました。新しい先生と信頼関係を作るまでにまた長い時間をかけて、でも本当の事を知ることに重点を置くか、とりあえずはあいまいなままでいいから、今の先生に診てもらって、とりあえず生きやすくすることに重点を置くか、、、、

今の気分的には、後者の気分なのです。
というか、今の先生がなんだかんだ言っても(時々バカにされたような気分になっても、否定するような事言われる時があっても)好きだからの様な気もするのですが。

どこかの世界の「普通」になりたかった

前回の記事に書いたつらいこと。少しずつですが、乗り越えられそうな気がしています。
それは、自分の力でそうなれたのではなく、こちらの記事のお陰です。

はるぼんさんのブログ「ファンタジーがいっぱい」での

「グレーゾーンだから語れること」というものです。

そこにあった「グレーソーンを謳歌しましょう」と言う言葉。

そうかって思いました。
世の中「白か黒か」と言う見方だけではなくて「グレー」という見方も、あるんだなと。
わかっていたことだけど、はじめて、きちんと理解しました。

そして、自分が思っていたことをまたさらに整理できたような気がしました。

ととは、本当の本当の本質の所で、何を求めていたのか。

ただ「普通」になりたかったのです。
それが、ととが言う多数派の世界「とり」の世界ならなおいい。
だけど、それが無理ならば、、、、

というか、無理なことは、自分でもどこかでうすうす感じていたようです。
直感のような感じで。

いじめられていたときの事は別として、、いじめられなくなった大学生の時だって、、、、
誰からも、何も言われなくたって、、、、

みんな、どうしてそんな事ができるんだろう。。。って思ってることが、いっぱいだったんです。
それは、人が気付かないような、ちょっとしたこと。ほんのほんの些細なこと。

例えば、、、、
どうして、みんなはととの半分くらいしかない大きさのかばんで学校に来ることが、できるんだろう。
ととと、同じ授業をとっている子なのに。ととは、あんなに小さなかばんじゃ、持ち物が全部入らないよ。

どうして、みんなかばんの中身がぐちゃぐちゃにならないの??
ととは自分が入れたのにどこに何があるのかわからないときだって、あるんだよ。
なんで、焦らないでお財布を出せるの??
ととは探せば探すほど見つからないのに。

どうして、みんな手を洗ったあとに毎回ハンカチで手を拭くことを忘れないの??
ととはそのハンカチすら取り出せないし、もってない日だってあるのに。

どうして、授業を聞きながら、友達と話(筆談も含む)をすることができるの??
ととは、どっちかしかできないよ。それに、授業モードになっちゃうと授業中に友達とコミュニケーションとらなくちゃいけないのが正直うざったいよ。真面目なんじゃなくて、ととだって、友達と仲良くしたいよ。

どうして、ととと2人で話しているときは盛り上がらない会話が、他の友達と話しているときには盛り上がっているの??ととは、つまんないの??
っていうか、どうしてみんなそんなに反応が早いのかなー。
はじめて出る話に面白い回答をするなんて、無理だよ。

ととは「うん、そうだよね~」がせいいっぱいなんだけどな、、、、。

どうして、いつもいる仲間といるときよりも、その仲間がいない授業限定で会う子との方が、話してて気が楽なんだろう。

彼氏(現だんなくん)と友達、両方とバランスよく仲良くすることができないよ。

実習と、公務員試験の準備と、就職活動と、、教育実習と、、、ああ、もう頭がショートするよ。

たくさんの、そんなちっぽけな「どうして?」を抱えながら「どうして?」の部分を解決して、みんなと同じようにできるように頑張っていたんです。

周りから見たらととがどう見えていたのかはわからない。
だけど、ととから周りの仲間たちはとてもスマートで器用に見えたのです。

ととだけが、なんだか、不器用。直感的な「普通じゃない」と言う思い。

発達障害の事を知ったとき、、、、ととはコレかもしれないと思った。。。
そして最近お邪魔するようになったさまざまな当事者の方のブログ、、、。ある意味衝撃でした。
ブログの中での発達障害の方の悩みにはととが思っていたことと似ている部分がいっぱいあって。
「こういうことに悩みを感じるのは、ある意味、普通、なのか」と思ったのです。
(表現が適切でなかったらゴメンナサイ。)

ととは、もしかしたら、こっちの世界では普通になれるのかもしれない。そう思いました。勝手な言い草だけど。不謹慎だけど、少し嬉しかった。
自分はコレでいいといえる。。。(ああ、どこから読んでも勝手すぎますね。すみません。謝ればいいって言う問題じゃないのは解っています。だけど、ごめんなさい。)

その頃から、ととは自分の中で自分のAS・PDDっぽいところに必要以上に注目するようになりました。
過去の自分のことを、その視点で見るようになって。
そうやってみてみると、かなり説明がつく部分もありました。

お世話になっている心療内科の先生が、元スクールカウンセラーで、子どもの患者も多数見ていることから、きっと発達障害について多少は知っているに違いない。そう思って今まで言えなかった自分の事を話すようになりました。

だけど、先生はいつまでたっても、ととに欲しい診断名は言ってくれない。
自分の事を見ても、確かに発達障害の要素はたくさんあるけれど、そうじゃないところもたくさんある、、、。
やっぱり、ととは違うんだ。ととが発達障害なんて、笑い話。自分がきちんとできたことを、褒めるのじゃなくて、逆にイライラしました。
こっちの普通にも、なれない。
だけど、、、、

ととには世の中の大多数と、感覚的にずれる所がある。それは、確かにある。

結局、ととはどこの世界の普通にもなれないのか。
どこかの世界の普通になりたい、、、、。
変わり者の烙印を押されるのは嫌だ。

自分が何物なのか、はっきりとして欲しい。

それが、、、「宙ぶらりんは嫌だ」ということばで、ととが言いたかった気持ちだったのかもしれません。

だけど、はるぼんさんの記事を読んで、目からウロコでした。
どちらかの世界にはっきりと属していなくても、いいのかもしれない。
「グレーゾーン」と言う立場。それで、いいのか。

どこかの世界の「普通」にならなくても、いいのか。

いろんな要素を持ったとと

それで、いいのかって思いました。

ととの感じ方、考えたこと。それは、それで、いいのかもしれない
そう思いました。

「普通」を目指すのじゃなくて、、、
「自分でいいと思える」
これからは、コレを目指そうって思いました。

とはいえ、ととには多少の暮らしにくさがあることは事実。

年不相応な幼さ。感情のコントロールができずに爆発する。
大変な要素がなくても、ただの日々の積み重ねに疲れてうつ状態に近くなる。
回復しても、またその繰り返し。

その理由は知りたい気がする。
どういわれてもいいので、とりあえずは今の心療内科の先生に、今までのような回りくどい言い方ではなく、ととが思っていることをストレートに話してみようかと思います。

今回も、まとまっていない上に自分勝手な事を書いていると思います。
いつも読んでくださっている方々に感謝しています。

また、操作のミスで、中途半端な状態の記事が上がってしまったことをお詫びします。
すみませんでした。


ちゅうぶらりんの存在

こんなことを書いたら誤解を受けるかもしれないけれど、このブログをブログ村の発達障害のカテゴリーに登録させてもらって、そこでいろんな「AS」「PDD」の当事者の方と出会いました。

その方たちを実は時々羨ましいなあと思うことがあって。

それは、、、、

お叱りを受けるかもしれないけど、、、、

その方たちが堂々と「自分はAS・PDD」と名乗ることができて、、、、
世の中の良く理解できない人たちの事を「定型発達者」と呼ぶことができること。

それは、今現在のととには絶対にできないことなので、羨ましいことなのです。
自分の中に、AS・PDDに通ずる何かを感じているので、自分の事を「AS・PDDの傾向があります」と小さな声で(決して大きな声ではいえない)いえるとしても。。。。

時々相容れないと思ってしまう多数派の方々の事を

ととは「定型発達者」と呼ぶことはできない。
自分の失敗や理解できないことを語ったとしても「定型発達者は理解できない」なんていうことは絶対にできない。

どうしてか。

傾向は感じていても、ととは診断名を持たないからだ。
勝手にあれこれ言っているだけで、医者にASと言われたわけでも、PDDと言われたわけでもない。
かかっている心療内科医には、ととの我の強さ、自分視点しかない所などなどを指摘されるが、、、

理由を聞いても「性格」という。
(そのくせ、あなたが多数派とずれるのは、仕方がないのよ、という。それでも自分でいいんだって思えることが大事とか、そんな事を言う。)

だから、厳密に言うとととはASではない事になるのだ。

と言うことは、ととはどこにカテゴライズされるのか。。。。。

現時点では「定型発達者」と言う事になる。


自分勝手な言葉で語るならば、

「AS傾向を持つ定型発達者」と言う事になる。


だから、ととがどんなに理解できないことがあっても。周りの人がみんな理解できてて、ととだけが置いていかれるような状況になっても、、、、

「定型発達者は理解できない」とはいえない。

だって、ととだって現時点では厳密に言うと「定型発達者の中の1人」なのだから。

たとえ「AS傾向のある」という枕詞をつけることをギリギリ認めてもらえたとしても
「定型発達」というカテゴリーは変わらない。

だって、ととは診断を受けていない。診断名を持っていない。
そんな人間が勝手に「ASです」と言って他の人を「定型発達者は」と言うことはできない。


だけど、ととは定型発達にカテゴライズされるくせに、周りの大多数の人からつまはじきにされることが多い。
演技しないと人と上手く関われない。

苦手なことも多い。良くわかってないことも多い。

だけど、診断には至らない。
名前がない限り、ととは自分がAS・PDDだと堂々と名乗れない。

たとえ診断名をもらったとしても、他人には名乗らないけれど、だからいいけど。。。。
自分の中ですら、時々悪いことをしている気になる。
自分で自分が何物なのか。。。。
それがわからなくなって嫌になる。

結局は、ととは宙ぶらりんの人間なのだ。

厳密にはAS・PDDにもなれないし、定型発達と呼ばれる人たちの文化の中に、努力ナシで溶け込むことはととには難しいと感じる時がある。

結局現在のととの厳密な立ち位置は「定型発達者の変わり者」と言う事になるわけで、、、、。

でも、頑張って生きているのに変わり者は嫌だ。

だったら、診断に行けばいいじゃないか。。と言う声も聞こえてきそうですが。
行きたいけど、怖いというのが率直な感想で。

「診断にいって、そうだと診断されなかったら、ととは永遠に定型発達者の変わり者として生きる事になる。」

そんな想いがどこかにあって。
だって、ととは全部がわからないわけじゃないから。
多数派の世界の全部がわからないわけじゃないから。
多数派の皆さんと、同じことができることもあるから。
まったく全部が違うわけじゃないから。

だから、踏み出せないでいる。

宙ぶらりんなとと。
AS・PDDの診断名も持たない。
だけど「定型発達者」の中に入るととたんに「変わり者」の枕詞を必ず付けられる事になる。

真面目に生きているのに、なんで「変わり者??」疑問だ。

「みんなちがって・みんないい」

この言葉を、みんなが本当の意味でわかって、そういう態度を実行してくれたらいいのにって思う。
「みんなちがってみんないい」というなら、なぜ、風変わりな行動をする人をからかったり、そういう人に対して「相容れない」目を向けるのか。

そんなの、ウソじゃないか。

ととは宙ぶらりん。実はそのことが、一番辛いことなのかもしれない。

なぜ、そうなる、、、、

昨日の記事では、中学の時の事を書くと言いましたが、そのことよりも何よりもまず、今日リコちゃんと会って、やっぱりいろんなこと考えたので、それを先に書いておきます。

今日リコちゃんと会った目的は、劇団のメンバーのくうちゃんが結婚するので、そのお祝いを買いに行くというものでした。2人で行くことになったのは、リコちゃんが、カレンダーどおりのお休みの仕事の人じゃないので、いける日が限られていて、平日しかいけないので、火曜日がお休みのととしか一緒に行ける人がいなかったから、です。

劇団で今も仲良くしているのはリコちゃんととくうちゃん谷ちゃんりんりんの5人なのですが、谷ちゃんりんりんは、仕事なのでこれませんでした。というか、それを見越してリコちゃんが初めから誘わなかったそうです。(ちなみに劇団の活動自体は今はやっていません。5人でたまに同窓会のように集まっているだけです。)

そんなリコちゃんとの買い物。。。。
ととの感想としては、、、、「気が抜けない」と言う感じでした。

何が気が抜けないか。具体的にはいえないけど。

本当は10時の待ち合わせだったのに、ととが起きたら9時だったので、絶対に間に合わないので11時にしてもらいました。

時間的に、リコちゃんが家を出るかでないかの時間に連絡したので、てっきりととはリコちゃんは11時に合わせて家を出るのだろうなって思っていましたが、、、、。
そうじゃなかったようで、リコちゃんは先に目的地に着いて、くうちゃんリクエストの「裁縫箱」と「キッチンタイマー」をいろんなお店でどんなのがあるのかリサーチしてくれていたようです。

なので「どこに行こうか~」という話から始まらずに、リコちゃんがおすすめのものを見にいくという形になり、楽でした。

裁縫箱をまずゲットして、次にキッチンタイマー、それからそれだけでは予算が余るのでキッチングッズをいくつか買って、買い物終了でお昼を食べに行きました。

ランチをしながら、色々おしゃべり。だけど、何を話したのかイマイチ覚えていません。

まあ、一連の流れだけ書くと何の変哲もない感じですが、、、、、。

実はとと、「ああ、かみあっとらん!全然ダメ!0点!」な気分を味わい続けていたのでした、、、、。

まず、裁縫箱を買ったあと、キッチンタイマーを買う店に移動しながらした、こんな会話

リコちゃん「朝ごはん、食べてきた??」
とと「一応ね。」
リコちゃん「しっかり食べてきた??」
とと「(一瞬フリーズして)いや、軽く。。。」
リコちゃん「じゃあ、おなかすいてる??」
とと「(またフリーズの後)ううん。あんまりすいてないかな。いつも朝は食べれないんだよね。」
リコちゃん「じゃあ、買い物の後ランチとか思ってたけど、無理な感じ??」
とと「(ああ、、、そんな事言ってないよ、違うんだよお)ううん、それは平気だよ」

()の中はととの心の声

何の変哲もない会話ですが、なぜかリコちゃんの言葉の後にいちいち頭が真っ白になってフリーズ状態になるので、しんどくて仕方なかったです。

お昼のお店を決めるときにも、、、、

リコちゃん「なんか、これがいいって、ある??」
とと「ないなあ、、、、」
リコちゃん「じゃあ、逆にコレは嫌って言うのは??」
とと「うーん、それもないなあ」
りこちゃん「嫌いな物とかって、なかったっけ??」
とと「わりとないかも、、、、」

ゴメンナサイ、りこちゃん、「ない」というか、「思いつかない」が正解です。もっと言うと「考えている余裕がない」が大正解です。

そして、とあるビルの6・7階のレストラン街の6階部分を一通り見て回ってから、、、、

リコちゃん「今見たのだったら、どこがいい??」
とと「うーん、(かなり長くフリーズ)えっと、パスタかな」
リコちゃん「あ、初めのほうに見たところね」
とと「(え、そうだっけ??はじめだっけ??覚えてない)うん、そうそう。」

(本当は、案内の写真で見かけた、7階にある「洋食・ブラームス」に行きたかった。写真に乗ってたオムライスが美味しそうだったのと「ブラームス」と言う名前が自分の中でヒットだった。ブラームスは作曲家の名前です。後期ロマン派の人だったかな。交響曲第1番の第4楽章の第1主題が好きなのです。のだめに登場します。でも、、、、リコちゃんは「ここで」って言ったからその中から選んだ。)

ということで、パスタのお店に入る事にしました。
そのお店、ランチはセットだけで4種類の中から選ぶようになっていました。

基本は1050円。でも、メニューの中には「コレだけは少し高くて1250円です」と言うのが混じっていました。でも、ととはでかでかと書いてあるのに値段が一切頭に入ってこずに、みんな同じ値段だと思って、、、いつもは「少し高い」時点で選ぶりストからはずす「少し高くて1250円です」のものを選んでしまいました。しかも店員さんに言われて「ハイ」といってからそれに気づく始末。

基本の1050円すら理解しておらず、+300円でドリンクを付けられますというのだけ理解。

デザートも入れて2000円と言う「高級ランチ」になってしまいました、、、、。
だけど、美味しかったので、それは、まあ、いいとして。

はたから見たら、なんにもないように見えるのですが、実は今日はととのなかでは「てんてこまい」な状態だったのです。
食事の場所を決めるのだって、いつもだんなくんと行く時なら、飽きるほど案内の写真を見て、あーだこーだ言って決めることができるのです。

だけど、今日は、、、相手がリコちゃんだった今日は、、、、意識してないのに「あーだこーだが一切いえない」状態でした。
思考のスピードに自分が着いていけない、見たいな感じ。
早くしなくちゃって思うばかりで、、、、その想いが逆に思考をとめてアタマをフリーズさせる。自分の中で何かがかみ合わない。

リコちゃんは、早いのです。歩くのも、喋るのも、反応するのも。
ととは、リコちゃんのペースに合わせるのにいっぱいいっぱい。

他の人がいたら、他の人が答えてくれます。だから、会話が成立する。ととも焦らない。
だけど、2人だと、ととが答えないと会話が止まる。何か答えなくちゃ、と焦る。

今これを書きながら思ったことだけど、ととは実は1人の時には街を歩きながら街の中のいろんな物に心を奪われることが多い。
洋服やさんでワンピースが売っていたらさらにのだめが着ていたのに似ていたら

「あ、あれはのだめっぽい。」とまじまじと見てしまう。

そういうことが、楽しいのだ。というか実はそうやってととなりのファンタジーの世界に旅立っているのかもしれない。
だけど、今日はリコちゃんと2人。。。
そうやって自分の世界に入っているときに、(いきなり)話しかけられる。
ドキッとする。ドキッとする分、反応速度も遅くなる。
それがととが感じるフリーズの正体、、、かもしれない。

ちなみに、リコちゃんに会う前に特に自分に言い聞かせたわけでもないのに、リコちゃんに会うといきなりスイッチが入ったみたいに口調まで変わる自分がいる事にも気付いた。前から気付いていたけど改めて気付いた。

あれは本当のととじゃない。ととはあんなふうに笑わない。ととは、あんなふうに喋らない。
あんなにおとなしい子じゃない。

学童ではやろうと意識しても実はなかなか難しいこと、、、地のままのととを出さないこと、、、
なんでリコちゃんの前ではあんなに何も考えずに演技ができるんだろう。
演劇部つながり??(関係ないし、、、、)

ちなみに、ととより早く来ていて、買うものをリサーチしてくれていたであろうのに、、、そのことについて「ありがとうね~。リコちゃんが見ててくれたから探すの楽だったよ。」とお礼を言うのを忘れてしまった。というかその場では思いつきもしなかった。思いついたのは帰ってしばらくしてからです。

リコちゃん、ありがとう。。こんなやつで、御免ね。(ここで言っても仕方ないか、、、、)










抜け出せない心の闇の原点~プロローグ~

明日、正確に言うともう今日ですが、久しぶりに会う友人がいます。
中学の時の友達です。リコちゃん。部活が同じでした。
学校が同じだったのは中学の時なので「中学の友達」なのですが実はととの中でリコちゃんは「中学の時の友達」と言うよりは、、、、「劇団の友達」で、実際に仲がよかったのは高校にはいってからです。

「劇団」というのは、

ととが高校生の頃、、、当時ととが住んでいたY市Y区の、中学の演劇部が集まる発表会で、ひょんなことから仲良くなっていたE中学とA中学という2つの中学のOGで集まって「学校の枠を超えた、高校生アマチュア劇団」を作って活動していたもののことです。

「インスタント食品」に似た名前の劇団で参加者はそんなに多くなかったですが、個性的な仲間がいっぱいいて楽しかったです。
どっかの公民館のイベントとか、区民芸術祭とかに出させてもらって、、、
演劇の練習以外でも遊びに行ったりして。
高校の中でまったく友達がいなかったととはずいぶんここにすくわれました。

「2つの中学のOGをあわせた」と言いましたが実際にはA中学出身の子がほとんどで、E中学からは2人だけが参加。それが、ととと、リコちゃんだったのです。

そんなリコちゃんに、久しぶりに会います。
だけど、、、、

とと、正直な所、行きたくないのです。
劇団のみんなで会うならいい。
だけど明日は諸事情により、会うのはリコちゃんだけです。

リコちゃんが嫌いなわけじゃないです。

ただ、、、、リコちゃんには素のままのととでは会えない。余計な、気疲れする演技をしなくちゃいけない相手。演技100%で何もかも計算ずくで会わなくちゃいけない相手。

「演技をしているとと」を想像しただけで、もういやになるのです。

演技をしたくなくても、リコちゃんと2人になると自動的に「演技100%モード」になってしまいます。

他の劇団の仲間が一緒にいると平気です。

なぜ、リコちゃんにはそうなのか。

それは冒頭に書いた「リコちゃんは中学は同じだけど、中学の友達ではなく、劇団の友達だとととは認識している」ということが絡んできます。

リコちゃんは、中学2年の時にととが受けた部活内から始まった壮大ないじめの
いじめグループの1員だったのです。
といっても「限りなく傍観者に近い一員」という感じでしたが、控えめだけど他のいじめっ子達と同じ事はととにしました。
そのリコちゃんとたまたま劇団で一緒になり、リコちゃんが謝ってくれたからととは今でもリコちゃんは許して仲良くしています。(他の子の事は今でも許してないです。)

だから、リコちゃんはととには中学の友達じゃなくて「劇団の友達」なのです。

中学2年生の時にととが受けたいじめ。
それが元で、それまでのとととは180°違う自分像が出来上がりました。
人前で演技を始めたのも、その頃からでした。。
もし、いじめを受けていなかったら、もっと自由に堂々とのびのび過ごせていたかもしれない。
17年経った今でもそう思い続けています。

しかも、その時に言われたととの欠点やいじめのきっかけとなった出来事について、自分なりに納得が行ったのは30になってからでした。もっと言うとASの知識を得てからです。

今日はもう遅いので、、、、
明日から、そのことを少し書きたいと思います。



Appendix

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魚々(とと)

Author:魚々(とと)
「とと」といいます。普通に生きてるつもりなのに、いつもまわりの世界からずれてしまう、、、。という特徴を持っています。だからとっても生きにくい!!

ここでは、日常に起こるそんな事をつれづれなるままに語ります。

♪元々どっかなんかずれてるところがあるので、なんかへんだな~って思う ことも書いてあるかもしれません。だけどあたたかく読んでくれると嬉しい  な。

♪なるべく思ったことをそのまま書きたいので基本コメント欄はクローズ    デス。。気が向いたときだけ開けるかも知れません。


よろしくおねがいします。




♪このブログに良く出てくるとと以外の人物♪

・だんなくん  ととの旦那さん。ととのよき理解者。自称「せっかちで心配性」だけど、、、、やることリストを作らないと次の日の仕事が不安でできないのでやることリスト作りに1時間かける、子どもの頃はテストの問題におかしい点があると職員室に乗り込んで徹底的に先生と戦い「お前が言っているのは屁理屈だ」と言われる、ちくちくするのが嫌で毛糸の製品は一切使えない、、、など、さかな疑惑をもたれてもおかしくない感覚も持っている(だから、とととうまくいく??)

・女先生    ととの勤める学童の元正規指導員。(10月からバイトに)子どもと一緒にいろんなことを楽しむ姿勢のある基本的には素敵な人。だけど、たまにととには何か理解できない行動をとったり、理解できない発言をしたりする。

・男先生   学童のもう1人の正規指導員。ととより4つ年下。少し頼りない

・あや先生  10月から女先生に変わり、学童の正規指導員になった先生。遠足やおおきい行事の後は、バイトの人へのお疲れ様メールを欠かさない、社会性に長けた人。その点は見習いたい。

・さつきせんせい  学童のバイト仲間。保育士の勉強中なので、発達障害関係の知識が少しある。ASの知識もありマス。

・ゆいちゃん    学童の子ども。ととに異常になついてくれている。遊びがパターン化してる、勝ちこだわりが異常に強い。自分視点で世界を見る。記憶力が異常にいい、言葉遊びが好き、、などASを思わせる特徴がある。言葉遊びはととも好きなので、よく2人で盛り上がる。

・ポプラくん    学童の子ども。いつも声が大きい、あたりが騒がしいときょろきょろして落ち着かない、指示が聞こえてないときがある。自分がすることがわからないとうろうろしだす、、、などの行動をよくしているのことと、目線が合わないので、この子もおさかな??と思うことがある。ゆいちゃんの次にととが良く遊ぶ子。


・鈴ちゃん     ととの妹。1歳半年下。関西在住

・美和ちゃん   ととの妹。4歳下。

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