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新しい場所を作りました。

一つ前の記事でお知らせした新しい場所を早速立ち上げたので、お知らせします。

新しいブログのタイトルは「のんびりやのことり みなみをめざして珍道中」です。
サブタイトルに「続・そらをゆくちびのさかなの旅日記」と入れてあり、こちらのブログへのリンクをしてあります。

コンセプトとしては、このブログの第2章をイメージしました。
ブログタイトルもHNもそのままで、行こうかとも考えたのですが、一新することに決めました。
結局は私はさかなではなくとりだということがわかったので、鳥の羽をイメージした「美羽」という新しいHNで、テンプレートも空のイメージをしたものを選びました。

もし、興味がありましたら、こちらからお読みください。


私が自分の正体を少しわかることができて、前に進もうとすることができるようになったのは、このブログを通して出会った皆さんのおかげだと思っています。

みなさんの記事を読まなかったら、私は自分の特徴を認めることができませんでした。
自分の苦手なことを認めることができなかったら、発達障害の可能性を認めることができなかったら、発達障害外来にもいってなかったし、奈々先生に会うこともできなかったと思います。

皆さんの記事に触れることができたから、私は自分を振り返ることができたんだと思います。
本当に出会えてよかったと思っています。

そんなみなさんとのつながり、、、
できたら今後も大事にしたい。

わがままで勝手な意見ですが、受け入れてくださる方がいたら、嬉しいです。





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ととの正体

発達障害外来のある病院の2回目の診察に行ってきました。
やっと整理ができたので、報告したいと思います。

今回は、前回初診を受けた「発達障害外来」の先生ではなく、同じ病院(k病院)の一般精神科の先生の診察でした。

初診扱いではありませんが、前回とは違う先生なので「初診」と同じ覚悟で望んだのですが、しっかりと引継ぎがなされていたようで、前回の診察で話したことはほとんど話さずにすみました(なぜ、発達障害外来を受診したのか、、、などのくだりについて。)

前回、発達障害外来で専門医に「発達障害ではない」という診断を受けたととですが、今回の先生の見立ても前回と同じでした。

新しい先生、、女医の奈々先生(ととにとって、長い付き合いになりそうなので、仮名をつけます)
の診断は、まとめるとこんな感じです。

ととがしんどいと思っている今の状態は「気分変調症」という、うつ病の仲間の病気である。
気分変調症は、症状としては、うつ病のように深く気分が落ち込んでしまうわけではないが、軽いうつがかなり長い間続いてしまう。なので、治ったと思ってもすぐにまたうつになってしまうのを繰り返してしまう。

その「気分変調症」は、ととは発達障害が根本にあって、二次障害として現れているものだとおもっていたが、奈々先生の診断ではととの「気分変調症」の背景にあるもの、根本原因は発達障害ではなく、別のものである。

では、そのととの「気分変調症」の根本原因にあるものは、なんなのか。

奈々先生の現在の見立てではこういうことだった。

「今までの生育暦の中で、他人から傷つけられた経験によるもの。」そのせいで、対人関係がうまくいかなくなっているため
少しわかりにくいかもしれないけど、奈々先生はととと面談をしながらこういった。
「あなたは、元々すごく素直な人なのね。駆け引きとか、裏表とかが苦手な・・・・思ったことを割りと素直に言うような」
「でも、よっぽど大丈夫な人(が相手)じゃないとそうじゃないですね。」

「もしかして、、、今まで生きてきた中で、(誰かから)傷つけられた経験があるんじゃないかしら?」

と・・・・

他人から傷つけられた経験。ととには、ありすぎるほど、ある。
小学生の頃からいじめられるのは当たり前のことだった。

その中でももっとも大きなものが中2のときのいじめ。
そのいじめをきっかけに、ととの性格はまったく変わってしまった・・・・

なんとなく、ととには納得できる診断だった。

もう一度まとめると

・今のととは「気分変調症」という、うつ病の仲間の病気である。激しい気分の変化はそのため。
・「気分変調症」の背景にあるものは、対人関係の不得手。
・対人関係の不得手の原因は、過去の生育暦の中での対人関係のトラブル。もっとはっきり言うと、他人から傷つけられてきた経験によるもの。

・ととの抱えているさまざまな困難は、発達障害によるものではなく、対人関係が関係しているもの。傷つけられた経験により、対人関係に不得手が生じていて、それが対人関係に限らず多くの困難を生み出している状態。

つまりは、、、二人目の先生の診断も「ととは発達障害ではない」ということになりました。

前にととはここに、ととのコミュニケーション能力の低さは、今までの学習経験が少ないから育っていない「後付の弱さ」なのか、元々能力が弱い「標準装備の弱さ」なのかということを書きましたが、、、

結果的には「後付の弱さ」だったようです。

ととが抱えている、コミュニケーションに関する能力の弱さ。
それで説明がつくことも、たくさんあります。

・会話が連想ゲームのようになってしまう。何を聞かれているのかわからず、即答できない
・他人の顔を見ると話がしにくくなる

これは、極端なまでの対人緊張がある、と考えれば説明がつきます。対人緊張のせいで言葉が出てこないし人の顔が見られない。他人から傷つけられた時の誤学習で、他人はみんなととが嫌いだと思っているので、苦手な人以外も基本的に「人が怖い」。子どもが平気なのは、子どもは人を傷つけない悪意を持って人と接しない。素直と本能的に知っているから。と考えれば説明がつきます。

・周りの流れに乗れない。空気が読めない。場にそぐわないことを言ってしまう

これは、元々集団からつまはじきにされることが多かったので、そもそも集団での会話の仕方を学んでこなかった。また、一人で行動することも多かったので、集団での行動の仕方も学んでこなかった
と考えれば説明がつきます。

・自分の好きな話ばかりしてしまう。・自分ばかり話してしまう

これは、中2以降一人でいることが多かった上に、クラスメイトの会話を盗み聞きして、自分も会話に参加した気になっていたり、小説を書くことが好きで、頭の中で会話を作るのが好きだったことから、会話は自分主体のパターンだったので、流れに乗ることの練習ができていない。

・他人の会話に割り込む
・興味のない話には参加できない
・会話が混ざって聞こえる


これは、そもそも実践での会話の場面が極端に少なかったので「聞くターン」を会得できなかった。
「話をしていれば、明るく笑って話題を提供していれば、いい人といってもらえる。面白いと思ってもらえる」というおかしな価値基準があるので、黙っていてはいけないと思ってしまっている。また「話しかけることが自分の存在をアピールする方法。」みたいに思っているので、とにかく話すことばかり考えてしまう。また、上にも書いたように、盗み聞きをしているだけなのに、会話に参加している気になっていた歴史がかなり長いので、集中して話を聞くことよりも、遠くの話を何とか聞こうとする能力が育ってしまったため、どの会話に集中したらいいのかわからず、会話が混ざる。

・言葉の幼さ、ボキャブラリーの少なさ、意味の間違いの多さ・行間の意味をとる、裏の意味をとるのの苦手・話の内容をまとめられない

これは、もう文句なしに、会話の実践の少なさが原因と思われる。難しい言葉や、比ゆ表現、裏読み表現を獲得するべきときに友達と話さずに一人で本を読んでいた時間が長かったので、本で読んだ表現しか覚えることができなかった。触れる言葉が少なすぎた。
話の内容をまとめられないのも、会話の経験が少ないから。短時間でまとめる能力が育たなかった

こう考えると、コミュニケーションの部分はかなり、説明がついてしまいます。

コミュニケーション以外にも、ととには苦手がたくさんあって、その中には、恐ろしく激しい対人緊張が関係していると考えられるものもあれば、

他人の家のコタツや布団に、感触が嫌だと言う理由で触れない(触れるけど気持ち悪くて嫌)
とか、髪の毛を指にくるくる巻きつけたり、毛先を指にこすりつける間隔を楽しむという神経性習癖とも、常同運動ともとれる行動が小さいときから今までやめられないとか、時間の感覚をつかむのが恐ろしく下手とか、好きなことには恐ろしいまでの集中力を発揮できるけど、それ以外はなかなか集中できないとか、はまるとそればかりになってしまうとか、過去の学習では説明のつかない部分もありますが、とりあえず、K病院の二人の医師の診断では「ととは発達障害ではない」という結論になりました。

特に、奈々先生はかなり信頼できると感じたので、いろいろありますが、ととはこの診断に従おうと思います。


なので、、、今までは「発達障害のグレーゾーン」と思っていましたが、これからは

「いろいろ間違えて覚えてきてしまった定型発達者」としていきて行こうと思います。

もしかしたら、白にほんの少しだけ黒を混ぜたくらいの薄いグレーぐらいの発達障害寄りの人なのかもしれないですが、医師の診断も「違う」なので、そのあたりは無視して「いろんなことを間違えて覚えている定型発達者」という立ち位置でいこうと思います。

ここで、ととの正体がわかったわけなので、このブログはいったんここで終わりにしたいと思います。
このまま続けるには、あまりにも記事を「発達障害の当事者のような視点」で書きすぎています。
それは、本当にきちんと診断を受けている当事者の皆様にとても申し訳ないことです。
わからないでいたこととはいえ、本当に申し訳ありません。


とはいえ、ととは「そらのさかな」であることは変わりないと思っています。
いろんなことを間違えて覚えているせいでかなんでかわかりませんが、ととの持っている価値観は明らかに「多数派」のものではないです。

今までここに書いたことは、自分のいろいろを整理するために書いたことなので、ひとつもうそはないことは、誓います。それは、信じていただきたいと思います。

この、、、そらのさかな、、、という感覚を、、
今度ははっきりわかってきた自分の正体のようなものを、、、、

書き続ける場所はほしいと思っています。

なので、近いうちに別の場所で、新しく書くことにしたいと思っています。

「発達障害」ではないですが、ととの考えていること。こんな人間もいるんだということ。
もし興味がありましたら、読んでくださると嬉しいです。

新しい場所を立ち上げましたら、ここにURLを書きたいと思います。

このブログで出会えた皆様。
ありがとうございました。これからも、皆さんを応援しています。
ご縁がありましたら、またお会いできたら嬉しいです。



不思議な認知

明日は学童の親子行事です。ととのなかでは、誘われたことはその日に予定がなければokするというのが鉄則なので、ずいぶん前に出欠を聞かれたときに「行きます」って言いました。

ととがここの学童にバイトとして入った頃は、ほとんどの先生が参加してて、参加しない先生のほうが少なかったし。
みんな今年も参加するんだろうなって思ってたから。

だけど、ふたを開けてみると参加を表明しているのはとと、あや先生、男先生の3人だけでした。
しかも、あや先生と男先生は正規指導員。ととだけバイト。なんか、逆にでしゃばっている気がしてなりません。

しかも、今週はいろいろ会ってしんどいので、できたら明日は行かないで家で休んでいたいのだけど。

一度いくって言ってしまったものを、断るのが嫌なので、行きます。

だんなくんに相談したら「やっぱりいけなくなりましたって連絡したらいいじゃん」って言われました。

明日の行事を取り仕切っている保護者の人も、あや先生も男先生も、ととが自分から言わなかったら、用事はないのにしんどいから行かないって言っていることを知ることはないでしょう。

だけど、ととはうそ言ってるってわかられてしまうって思ってしまうんです。
「いけなくなりました」じゃなくて、「行きたくない」って思ってるってばれちゃうって思うんです。

これは、実は明日の行事のような場面に限ったことではないのです。

3月の小学校の卒業式、、、卒業する子には誰一人ととが行く予定にしているなんて話してないのに、女先生に「行けたら行くかも」って言っただけなのに、ととが行かなかったら卒業生の子に「用事もないのに疲れたからこないなんて、言い訳してる」っていわれるような気がして、ぎりぎりまでイライラして迷ってだんなくんの助言で、よくよく考えてみると、ととが卒業式に行くことは誰も知らないんだから、急に行かないことにしても、子どもたちを裏切ることにはならない。女先生にだけ連絡を入れておけばいいだけだと気づいて結局行かないことにしました。

一度予定に入れてしまうと、それをキャンセルすることを「サボっている」って思ってしまう。
おかしな話です。

なんで、こんな認知の仕方になっているのかなぞですが、どうもととには、話してないことは人には伝わらない、伝わっていない。ととの本心はととが話さないと誰もわからない、、、

と言う点が認知の中から完全に抜け落ちているようです。というか、感覚的に何度繰り返しても学習できないみたいです。

そもそも、予定がない時は他人の誘いを断らないのも、同じからくりから来ています。
予定がないことは言わないとわからないのに、、、
予定がないのに気乗りしないときは断ってもよさそうなのに。

言わないのに、、、予定ないのにって言われちゃう。意味なく断ってるってばれちゃう。
申し訳ない、、、って思うのです。


「どうせととの気持ちなんかわからないでしょう」と言う態度をとりながら、実は内心はわかってもらえているという前提でいるので、ととがつらいとき他人からととをねぎらう言葉がないと「何で何にも言わないのよ」と腹が立つのも、このおかしな認知の仕方が影響しているのかもしれません。

それ以前にととはよく、会話のシュミレーションをします。

今回学童で起こっていることになぞらえて言えば、、、、

こどもがいないととが、今回の永ちゃん先生の妊娠の事を知っていろいろ考えて落ち込んでいます。
そのととの気持ちを察してくれたあや先生が、ととに対して声をかけてくれる、、、。

と言う会話。

ととが主人公で、ととがいいもので。。。そんな会話。。

何度もやっていると、それが本当のような気がしてきます。

だけど現実は、ととは自分の気持ちを素直に人に言わないので、わかってもらえず、ととばかりが悪者になって行きます。

つらいんだったら、きちんと人に話せばいいじゃない。
ただし、時と場合を見て。。。

だけど、ととは誰にどんな風にどんなときに話せば誰も傷つかないで済むか。
効果的なのか、一番自分の気持ちをわかってもらえるか。

その見極め、、大体失敗します。

あや先生に話せばいいのね。と思って、「学童で」あや先生に話してしまい、ほかの人や子どもに聞かれてしまったり、「言わないでね」って伝え忘れて、言ったことが聞かれたくない永チャン先生に伝わってしまったりします。

おそらく人付き合いが得意な人が自然にやっているであろう手続き・・・やはりととはわかってない。

特殊な認知の仕方&状況の読み取り能力の低さ。
後付のものだとしても、直す訓練をする必要はあると思います。

来週から始まる新しい精神科の先生との面談では、その辺を話して、認知のゆがみから来ているのなら、矯正をかけてもらいたいと思っています。
自分ではどう矯正をかけたらいいのか見当もつかないので。

ポンコツ

やっぱり、ととは人間としてポンコツだなあって思う。

女先生や新しく妊婦になった永ちゃんセンセイ。

その二人を見ていると、、

旦那さんのためにお弁当を作ってあげたり、二日に一回、学童に来る前に掃除をしたり、部屋を綺麗にしておいたり。効率よくご飯を作ったり、いろんな食材使ったり。

癇癪をおこさなかったり。
旦那さんとちゃんと団欒したり。

二人が当たり前にやっている事が、ととには当たり前にできない。

ととにはできるけど一大事業になってしまうしだんなくんの手を借りないとちゃんとできない。

どうして?なんでととはポンコツなの?

ポンコツなととがお母さんになろうなんて百年早いんだよ。

それに、お母さんになれないのはととの努力が足りないからでなんにも変わろうとしないからなのに。

ととが悪いのに二人に苛々して会いたくないと思うとと。

最低だ。二人はなんにも悪くないのに。

悪いのはととなのに。

もうやだ。
消えたい。

いろんな事ちゃんとできないなら、ととは生きてる資格がないよ。

ポンコツのはんぱもんを生かしてくれているこの世界の人に、、

感謝しなくちゃいけないのに。

少なくとも、だんなくんに迷惑をかけない程度にはなりたい。

だれか当たり前の事をしてるのに疲れる現象を治してくれませんかね?

ととには方法がわかりません。

世の中

世の中でうまくやっていくのって、どうしてこんなに面倒なんだろう。

気を使っているように見えないようにさりげなく気使える人がいい人。

いくら気を使ってもそれがはっきりわかってしまったら、余計なお世話になってしまう。

そして余計なお世話になりたくないから余計な事を言わなかったら「気が利かない」って非難される。

お願いだから、してほしい事やしてほしくない事をはっきりと言って。

そうじゃないとととはわからないよ。

「あなたになにをしたらいいのかわからない。だからあらかじめなにがよくてなにが駄目なのか教えておいて」

ととがこう聞いても

「きを使わないで普通にしてて」

というあいまいな事しか言ってくれないしね。

ととはマジでガチで聞いてるのに。(ダイゴみたい)

社交辞令的な嘘みたいな適当な事しか言わない。

それでととが本当に普通にしてて、あなたたちに鬼ごっことかドッヂボールやらせて何かあったら、身軽なくせに代わらなかったととを責めるんでしょう?

みんなで「ととちゃんは気が利かない」って言うんでしょ?

そんなこと言うんなら初めから、この二人は運動遊びやったら危ないから、やらせないでとと先生とさつき先生よろしくねって言っておいてよ。

みんながみんな上手に気を使えるわけじゃない。

気を使えない自分を責めてる人だっている。

そんなことまでわかってくれないのはわかってるよ。

だから一人で思ってるだけ。

ととはどうすりゃいーのかわかんないよ。
自分が経験ないことはわからんのだから。

なんでととの回りにはこうも妊婦が集まるのか。


わかったよ。
ととは妊婦が嫌なんじゃない。

妊婦への気の使い方がわからないのが嫌なんだ。

妊娠初期の安定期に入るまでの、自分で気を使わない癖に妊婦にも見えない人にどうしたらいいのか。

学童にまた一人妊婦が増えた。

目隠しされて迷路を進むような、何が正解でなにが不正解なのかわからない日々が始まるのかと思うと本当に疲れる思いだ。

残酷かも知れないけど、こうとしか言えない。

おめでとう。
でも、不自然に頑張るのはやめてください。できないものはできないってはっきり言ってください。「大丈夫です」って頑張るのは、はっきり言って偉くもなんともないです。むしろ一緒に働く人間にはこの上なく迷惑な事です。

あなたはもう「妊婦」なんです。赤ちゃん優先にしてください。

それがあなたの役目でしょう?

いい人ぶって、不自然に無理するのやめてください。

あなたの「大丈夫です」を本当に真に受ける人間もいるんです。

そうして何かがあった時に「あの時あたしが何もしなかったせいだ」って自分を責める人もいるんです。

じゃあ、気を使えっていうかもしれないけど。

そこであなたに「大丈夫」って言われちゃうとそれ以上何も言えません。

大丈夫は禁句にしてください。

大事にしすぎる位だいじにしてください。

そのほうがわかりやすいですから。

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魚々(とと)

Author:魚々(とと)
「とと」といいます。普通に生きてるつもりなのに、いつもまわりの世界からずれてしまう、、、。という特徴を持っています。だからとっても生きにくい!!

ここでは、日常に起こるそんな事をつれづれなるままに語ります。

♪元々どっかなんかずれてるところがあるので、なんかへんだな~って思う ことも書いてあるかもしれません。だけどあたたかく読んでくれると嬉しい  な。

♪なるべく思ったことをそのまま書きたいので基本コメント欄はクローズ    デス。。気が向いたときだけ開けるかも知れません。


よろしくおねがいします。




♪このブログに良く出てくるとと以外の人物♪

・だんなくん  ととの旦那さん。ととのよき理解者。自称「せっかちで心配性」だけど、、、、やることリストを作らないと次の日の仕事が不安でできないのでやることリスト作りに1時間かける、子どもの頃はテストの問題におかしい点があると職員室に乗り込んで徹底的に先生と戦い「お前が言っているのは屁理屈だ」と言われる、ちくちくするのが嫌で毛糸の製品は一切使えない、、、など、さかな疑惑をもたれてもおかしくない感覚も持っている(だから、とととうまくいく??)

・女先生    ととの勤める学童の元正規指導員。(10月からバイトに)子どもと一緒にいろんなことを楽しむ姿勢のある基本的には素敵な人。だけど、たまにととには何か理解できない行動をとったり、理解できない発言をしたりする。

・男先生   学童のもう1人の正規指導員。ととより4つ年下。少し頼りない

・あや先生  10月から女先生に変わり、学童の正規指導員になった先生。遠足やおおきい行事の後は、バイトの人へのお疲れ様メールを欠かさない、社会性に長けた人。その点は見習いたい。

・さつきせんせい  学童のバイト仲間。保育士の勉強中なので、発達障害関係の知識が少しある。ASの知識もありマス。

・ゆいちゃん    学童の子ども。ととに異常になついてくれている。遊びがパターン化してる、勝ちこだわりが異常に強い。自分視点で世界を見る。記憶力が異常にいい、言葉遊びが好き、、などASを思わせる特徴がある。言葉遊びはととも好きなので、よく2人で盛り上がる。

・ポプラくん    学童の子ども。いつも声が大きい、あたりが騒がしいときょろきょろして落ち着かない、指示が聞こえてないときがある。自分がすることがわからないとうろうろしだす、、、などの行動をよくしているのことと、目線が合わないので、この子もおさかな??と思うことがある。ゆいちゃんの次にととが良く遊ぶ子。


・鈴ちゃん     ととの妹。1歳半年下。関西在住

・美和ちゃん   ととの妹。4歳下。

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